2026/8/30

260830 持続可能性を問う_伝統知防災

水と戦うな、水と踊れ

ー武田信玄が現代のデジタルツインに教えることー

 

1.コンクリートの壁は、本当に私たちを守ってくれるのか

近年の豪雨のたびに、テレビで映し出される氾濫した川や崩れかけた堤防を見て、「今の防災インフラは本当に大丈夫なのか」という漠然とした不安を感じたことがある方は、少なくないのではないでしょうか。

私たち40代〜60代は、子供の頃から「コンクリートで自然を抑え込む」公共事業を当たり前の光景として見てきた世代です。ダムや堤防が次々と作られ、自然の脅威を力でねじ伏せることこそが安心の象徴だった時代を生きてきました。

ところが最近、まったく逆の発想が静かに見直されつつあります。今から450年ほど前、武田信玄が編み出した「水をもって水を制す」という治水思想が、最新のデジタルツイン技術(コンピューター上に現実の地形やデータを再現し、シミュレーションする技術)と組み合わさる形で再評価され始めているのです。

コンクリートで固める発想と、水を受け流す発想。どちらが本当に私たちの暮らしを守ってくれるのか、一緒に考えてみませんか。

 

2.「力でねじ伏せる」治水の限界――戦後コンクリート治水の弱点

結論から言うと、戦後日本の治水は堤防やダムで水を完全に封じ込める「剛構造」というアプローチで進められてきましたが、この発想には想定を超える豪雨に対する構造的な弱点があります。

まず数字で見てみましょう。気象庁のデータによると、1時間降水量50mm以上の「非常に激しい雨」の発生回数は、最近10年間の平均で年間約330回。統計を取り始めた最初の10年間の平均(約226回)と比べると、約1.5倍に増えています。1時間に100mm以上の猛烈な雨に限れば、なんと2.0倍です。

こうした激しい雨は、実際に大きな被害も生んでいます。2019年の台風19号では、茨城県の那珂川・久慈川流域で約4,800ヘクタールが浸水しました。この経験を受けて、国土交通省は約50年ぶりに霞堤(かすみてい。あえて堤防を不連続にする伝統的な治水構造)を新設する方針へと転換しています。

つまり、「とにかく高く、頑丈な堤防を作り続ければ安心」という発想そのものが、限界に近づいているのではないでしょうか。堤防をどんどん高く、頑丈にし続ければ、いつか「これで安心」と言える日は来るのでしょうか。私は、その問い自体を一度立ち止まって考える必要があると感じています。

 

3.公的機関のデータで見る、豪雨と伝統知"再評価"の実態

この記事で扱う豪雨データや政策動向は、気象庁・国土交通省・農林水産省といった公的機関の一次情報や、専門家監修の実験結果を中心にしています。ただ、正直にお伝えしておきたいこともあります。

気象庁の短時間強雨データは信頼性の高い公的統計です。伝統木構法(石場建て)の実大振動実験も、2012年9月19日にE-ディフェンスで実施されており、実施日・条件が明記された検証可能な一次情報です。一方で、霞堤の再評価に関する報道の一部は2021年時点のものであり、それ以降の進捗までは今回のリサーチでは確認できていません。

また「信玄堤そのものをデジタルツインで再現している」という直接の事例は見つかっておらず、記事内では「霞堤的な発想」と「流域治水のデジタル化」という2つの動きが同じ方向を向いている、という構造的なつながりとしてご紹介します。情報を鵜呑みにせず、どこまでが確認された事実で、どこからが期待や解釈なのか、一緒に見極めていきませんか。

 

4.なぜ「水を封じ込める」発想には限界があるのか――霞堤とE-ディフェンスが示す答え

結論を先にお伝えすると、「水を完全に封じ込めよう」とする剛構造の発想そのものが、想定外の事態に弱いという構造的な要因を抱えています。一方で、「受け流す・分散させる」という伝統工法は、科学的な検証でも一定の有効性が裏付けられつつあります。

正直に言うと、伝統知も万能ではありません。霞堤には「大規模な洪水でのピークカット効果(洪水のピーク時の水位を抑える効果)はほぼ見込めない」という技術的な限界が、専門家資料でも明記されています。

ただ、2016年の台風16号で宮崎県延岡市の北川が氾濫した際、霞堤が"クッション"となって水の勢いを弱め、340ヘクタールという浸水規模の割に家屋被害を24棟に抑えたという実例があります。想定外の事態への備えとしての価値は、確かにあるようです。

建築の世界にも似た話があります。2012年、兵庫県のE-ディフェンスで、柱を固定しない伝統木構法「石場建て」の実大振動実験が行われました。阪神大震災と同じ震度6強の揺れを再現したところ、柱脚が約120mm滑りながらも、建物は倒壊しませんでした。力を受け流して壊れないという柔構造の発想が、科学的に裏付けられた瞬間です。

とはいえ、この工法は現行の建築基準法の耐震基準(壁量計算など、剛構造的な発想が中心)とは相性が悪く、普及は少数派にとどまっています。「絶対に壊れない」ことを目指す設計と、「壊れ方・受け流し方をコントロールする」設計、あなたはどちらに安心感を覚えますか。

 

5.「先人の知恵はすごい」と「今どき伝統工法は非現実的」――分かれる受け止め方

結論から言うと、伝統知の再評価には「先人の知恵はやはり理にかなっていた」という肯定的な受け止めがある一方で、合意形成やコスト・法規制の壁を指摘する慎重な声も根強くあります。

まず慎重な意見から見てみましょう。ある専門家(佐賀水ものがたり館の館長)は「地域で合意形成し、戦略的に洪水を受け止められるエリアを作る必要がある」と指摘しています。田畑をあえて浸水させて下流を守る流域治水の発想は、浸水を引き受ける側の住民との合意形成や補償の手続きが、実務上の大きなハードルになっているとも言われています。「自然と共生する美しい思想」というだけでは片付けられない、生々しい利害調整の現実があるようです。

伝統木構法についても、建築基準法との相性の悪さやコスト面から、普及は簡単ではないという見方があります。良い技術だから自然に広まる、という単純な話でもなさそうです。

一方で、私自身も含め、こうした先人の知恵の再評価を聞くと「やっぱり日本の伝統技術はすごい」と感じる方は多いのではないでしょうか。ただ、そこで思考を止めてしまうのはもったいないと思います。先人の知恵を活かしつつ、自分自身も情報を見極める目を持つこと。それが本当の意味での備えにつながるのではないでしょうか。

もしあなたの田んぼや家の近くが「洪水を受け止めるエリア」に指定されたとしたら、あなたは納得できるでしょうか。

ここまで見てきたように、伝統知には確かに限界もあれば、科学的に裏付けられた強みもあります。では、この「勘と経験」を、今のテクノロジーでどう底上げできるのか。全国ですでに始まっている具体的な取り組みと、AI初心者の私たちがそこから学べる意外なヒントを、この先でご紹介します。

 

6.伝統知×AIセンサーで防災力を底上げする――田んぼダムIoT化に学ぶ実装のヒント

先人の知恵を「勘と経験」のまま終わらせず、AIやIoT(あらゆるモノがインターネットにつながる技術)を使ったセンサーで「データに基づく精緻な管理」へ進化させる取り組みが、すでに具体的に始まっています。「そんなの一部の先進地域だけの話でしょう?」と思う方もいるかもしれませんが、実は身近な農業インフラでも実装が進んでいるんです。

国土交通省は「流域治水デジタルテストベッド」という仕組みを整備中で、令和7年度(2025年度)の運用開始を目指しています。大分県・山国川をモデルに、水害リスクを3次元で見える化するビューアを開発し、地元の小学校の学童クラブ向けにも「自分の街の水害リスク」を伝えるツールとして活用され始めました。

さらに分かりやすいのが「田んぼダム」のIoT化です。水田の排水口を絞って大雨時に一時的に雨水を貯める昔ながらの仕組みに、遠隔水管理システムを組み合わせる動きが広がっています。北海道士別市では「WATARAS」というシステムを導入し、水管理の作業時間を76%も減らしながら、冷害を防ぐための水位調整も的確に行えるようになりました。徳島県・長野県の実証実験でも、AIやセンサー付きの水位計・カメラで遠隔管理した7カ所すべてで、一等米の収穫に成功したという結果が出ています。

ここで注目したいのは、AIが人間の経験や知恵を「置き換えている」わけではないという点です。あくまで人間の経験・知恵をAIが後押しし、これまで見えなかったものを見える化しているにすぎません。もしあなたの仕事や暮らしの中で、経験と勘に頼ってきた部分をAIが見える化してくれるとしたら、まず何を任せてみたいでしょうか。

 

7.先人の知恵を、疑いながら受け継ぐという姿勢

ここまで見てきたように、伝統知とテクノロジーは対立するものではなく、互いを補い合う関係にあります。ただし、それを鵜呑みにせず「本当に自分の暮らしに合っているか」を問い続ける姿勢こそが、持続可能性の土台になるのではないでしょうか。

振り返ると、戦後日本の治水は水を力でねじ伏せるコンクリートの剛構造が中心でしたが、想定を超える豪雨の前では、その限界が見え始めています。一方で、信玄堤の流れを汲む霞堤や、石場建てのような伝統木構法は、実験や実例を通じて「受け流す・分散させる」発想の有効性が科学的にも裏付けられつつあります。そしてその伝統知に通じる発想が、デジタルツインやIoTセンサーという現代の技術と同じ方向を向く形で、勘と経験を「見える化」された知恵へと進化させようとする動きも各地で始まっているわけです。

縄文時代の人々は、自然を支配する対象ではなく、畏怖し共存する対象として捉えていたと言われています。この自然観と現代の防災思想を重ね合わせて語る識者もいますが、これは学術的に確立した体系だった議論ではなく、あくまで「そう捉えることもできるのではないか」という一つの見方として受け止めておくのが誠実な態度だと私は思います。

大切なのは、先人の知恵もテクノロジーも、どちらも無条件に信じ切らないことです。あなたの街の防災計画は、水を力でねじ伏せる設計でしょうか、それとも受け流す設計でしょうか。一度ハザードマップを開いて調べてみること、そしてAIを「経験や判断を支える道具」として少しずつ学び始めること。その小さな一歩が、あなた自身の持続可能性を問い直すきっかけになるはずです。

8.あわせて読みたい――持続可能性を"問う"ための関連記事

今回のテーマ「伝統知×テクノロジー」は、この「持続可能性を問う」シリーズが繰り返し向き合っているテーマ――先人の知恵や日本という国のあり方を、鵜呑みにせず、かといって頭ごなしに否定もせず、自分の頭で問い直してみる、という姿勢そのものにもつながっています。

このnoteシリーズはまだ始まったばかりで、今回のようにじっくり掘り下げた記事が増えていくのはこれからです。次回以降は、今回扱った「AIは経験や知恵を置き換えるのではなく、後押しする道具である」という視点を、防災以外のテーマでも掘り下げていく予定です。

以上です。