2026/9/15

260915持続可能性を問う-英国製造業衰退

産業革命の祖国はなぜものづくりを捨てたのか
 
ー日本が繰り返してはいけない選択ー
 

*動画解説は ⭐️

1.世界の鉄・石炭・綿の半分をつくっていた国が、なぜ今「製造業11位」なのか
 
1851年、ロンドンのクリスタル・パレスで開かれた第1回万国博覧会には、10万点を超える最先端の製品が並びました。その半分以上がイギリス製だったと言われています。当時のイギリスは、世界の鉄・石炭・綿製品の半分以上を生産する、まさに「世界の工場」でした。
 
私はこの事実を知ったとき、素直に驚きました。今のイギリスと聞いて、あなたはどんなイメージを持つでしょうか。金融の街シティ、王室、サッカー……どれも思い浮かぶと思いますが、「ものづくり大国」というイメージを持つ人は、おそらく少ないのではないでしょうか。実際、現在のイギリスは製造業のGDP構成比が8%未満、世界11位程度にまで転落しているとされます。
 
世界一だった国が、なぜここまで転落したのか。考えたことはありますか? 私はこの転落を、単なる時代の流れとして片づけてはいけないと感じています。なぜならこれは、自然現象ではなく、いくつもの「選択」の積み重ねの結果だからです。エリート層の価値観の変化、政治の決断、そして金融への傾倒。今日から数回に分けて、その選択の中身を一緒に見ていきたいと思います。
 
2.「真の紳士はロンドンのシティにいる」——ものづくりを格下と見た英国エリートの選択
 
イギリス衰退の核心にあるのは、技術の遅れだけではありません。私が最も注目しているのは、工場所有者の子どもたちの世代が「現場で手を汚すこと」を嫌い、法律・金融・公務員といった専門職へと流れていった、という価値観の変化です。
 
19世紀後半になると、統一されたドイツは化学産業や精密工学に力を入れ、アメリカは鉄鋼生産で急速にイギリスを追い上げました。明治維新後の日本も、技術者を欧州に派遣して学び、自国に工場を建てていきます。世界で最初に工業化したイギリスは、逆にその「1番乗り」ゆえの重荷を背負うことになりました。古い設備、硬直化した経営手法。これが「1番乗りの呪い」と呼ばれるものです。
 
けれど、それ以上に私が気になるのは文化の変化です。「真の紳士はロンドンのシティにいて、金属ではなくお金を扱う」——こうした空気がエリート層に広がり、ものづくりは次第に格下の仕事とみなされるようになっていきました。そして皮肉なことに、産業が国際競争力を保つために大規模な再投資を必要としていた、まさにその瞬間に、資本は工場からロンドンの金融市場へと流れていったのです。
 
これは単純な経済合理性では説明がつかない、文化的な選択だったと私は思います。あなたにも心当たりはないでしょうか。「手を動かして価値を生み出す仕事」より、「お金を右から左に動かす仕事」のほうが格上に見えてしまう瞬間が。この違和感こそ、イギリスの転落を読み解く鍵になると私は考えています。
 
3.「製造業8%未満」の数字は本当か——歴史の大枠と個別データの信頼度を分けて考える
 
ここまで紹介してきた数字や史実を、私はそのまま鵜呑みにしてほしいとは思っていません。ニュースで見る「衝撃的な数字」を、そのまま信じ込んでしまったことはありませんか? 情報を扱う以上、その信頼度を切り分けて考える姿勢は欠かせないと私は考えています。
 
産業革命が成立した要因(地質学的条件・金融システム・特許法・ものづくりの気風)、サッチャー改革の内容、1986年10月27日に実施された「ビッグバン」、2001年の中国のWTO加盟といった大きな歴史的事実は、広く知られた経済史の通説と一致しており、信頼度は高いと言えます。
 
一方で、「製造業GDP構成比が1970年の30%から現在は8%未満まで低下した」「サッチャー就任から4年で200万人以上、うち170万人が製造業の雇用を失った」といった個別の数値は、今回私が参照した情報源(教育コンテンツの要約)に基づくものであり、英国国家統計局などの一次統計への直接的な参照までは確認できていません。そのため本記事では、こうした数値は「〜とされる」という慎重な表現で扱っていきます。「ブレグジット賛成の一因が南北格差への失望感だった」という見立ても、複数の政治的要因が絡み合った複合的な現象の一側面にすぎない、という前提で受け止めていただければと思います。
 
大枠の歴史的事実と、個別の数値。この二つを分けて受け止める姿勢を、私はこの記事全体を通して大切にしたいと考えています。
 
4.サッチャーの荒療治とビッグバン——4年で170万人の仕事が消えたとされる本当の理由
 
イギリスの脱工業化が一気に加速した背景には、二つの政策的な転換が短期間で重なったことがある、と私は見ています。1979年に就任したマーガレット・サッチャー首相によるインフレ抑制策と、1986年の金融規制緩和「ビッグバン」です。
 
サッチャー政権は、インフレを抑えるために強力な金融引き締め政策を実施しました。これが金利とポンドの価値を急騰させ、イギリス製品は国際市場で割高になり、輸出産業は大きな打撃を受けます。同時に、「肥大化し非効率」とみなされた炭鉱・鉄鋼・造船といった国営産業への補助金を削減し、民営化を強行。1984〜85年の炭鉱ストライキも力で鎮圧され、労働組合の力は大きく削がれました。就任からわずか4年で200万人以上、うち170万人が製造業の仕事を失ったとされています。イングランド北部・ウェールズ・スコットランドといった工業地域は、一気に空洞化しました。
 
一つの政策判断が、その後数十年の産業構造を決定づけてしまうとしたら、あなたはどんな基準でその判断を下すでしょうか。私はこの問いを、この記事を書きながら何度も自分に投げかけました。
 
そして1986年10月27日、ロンドン証券取引所の規制緩和「ビッグバン」が実行されます。古い慣習が一掃され、外資系銀行の参入が許可され、取引はコンピューター化されました。政府のメッセージは明確でした。「イギリスの未来は金融にあり、工場にはない」。ロンドンはニューヨーク・東京と並ぶ世界三大金融センターの一角へと駆け上がっていきます。さらに2001年の中国のWTO加盟以降、安価な工業製品の流入が国内製造業の雇用をさらに奪っていったとされています。
 
5.「見捨てられた」北部住民、「合理的だった」経済学者——割れる評価の中身
 
この金融シフトへの評価は、一枚岩ではありません。私が調べる中で感じたのは、立場によって評価がまったく違うということでした。
 
擁護する立場からは、こんな声が聞こえてきます。製造業から金融・サービス業への転換によってロンドンは世界三大金融センターの地位を築き、国全体の所得水準を押し上げた。安価な工業製品のおかげで消費者の購買力も上がった。非効率な国営産業に市場原理を持ち込んだことにも一定の合理性があった、と。
 
一方で、批判する立場はこう指摘します。資本の流出は「1番乗りの呪い」による設備老朽化や研究開発投資不足という根本問題への処方箋にはならなかった。急激な脱工業化は地域社会を一瞬で空洞化させ、豊かなロンドン・南東部と、取り残された北部の旧工業地帯との間に、平均寿命の差やメンタルヘルスの悪化といった深刻な「南北格差」を生んだ、と。「政治から見捨てられた」という失望感が、2016年のブレグジット賛成の一因になったとも言われています。
 
そして2008年、世界金融危機が起こります。金融依存モデルは経済を崩壊寸前まで追い込み、国は巨額の税金で銀行を救済する事態に陥りました。さらに2020年のパンデミックでは、かつて世界をリードしたはずの国が、自国向けのマスクや防護具すら満足に作れないという現実を突きつけられます。短期的に儲かる選択と、長期的に安全・安定した選択。あなたはこれまで、どちらを優先してきたでしょうか。
 
実は現在のイギリス政府も、国内製造能力の重要性や、グリーンエネルギー分野での工場建設を語り始めています。しかし、①短期的リターンを追う資本構造、②ものづくりを軽く見る文化的な偏見、③長年の衰退で失われた技術基盤・人材・供給網という「3つの壁」が、製造業の再興を阻んでいるとされています。この3つの壁を、日本、そしてあなた自身の仕事やスキルに置き換えて考えたとき、何が見えてくるでしょうか。
 
6.イギリスが失った"3つの壁"を越えるために——日本のものづくりが今すぐ持つべき視点
 
結論から言うと、イギリスの脱工業化史が私たちに教えてくれる一番大事なことは、「ものづくり的な価値創出を、短期的な効率や流行に振り回されず、持続可能な形で積み上げ続けること」が、国にとっても、そして読者であるあなた自身の仕事や副業にとっても、避けて通れない選択だということです。
 
前回までお伝えしてきた通り、イギリス政府も今になって国内製造能力の重要性やグリーンエネルギー工場の建設を語り始めています。でも、①投資マネーが依然として短期的なリターンを追ってロンドンに偏って流れる資本構造、②「ものづくりは格が落ちる」という根強い文化的な偏見、③長年の衰退で失われてしまった技術基盤・人材・部品供給網——この"3つの壁"が、その再興を今も阻んでいるとされています。
 
この3つの壁は、そのままあなた自身の仕事や副業選びを点検する物差しとして使えると私は感じています。「短期で儲かりそうだから」という理由だけで飛びついている手法はないか。地道に技術やスキルを積み上げることを、なんとなく格下だと感じてしまってはいないか。そして、一度手放してしまった経験・人脈・技術は、簡単には取り戻せないという現実を意識できているか——この3つを、一度あなた自身に問いかけてみてほしいのです。
 
幸い、日本は今も製造業がGDPの一定割合を占め、「ものづくり大国」としての基盤がまだ残っています。ただし、それを維持できるかどうかは、これから私たち一人ひとりが下す"選択"次第だと言えるのではないでしょうか。短期的に儲かる・楽に見える手法だけに飛びつくのではなく、地に足のついたスキルや技術の蓄積を、自分自身の"保険"として持っておく。そんな視点を、今日から少しずつ意識してみませんか。
 
7.「金属よりお金」を選んだ国の末路——日本がものづくりを手放してはいけない理由
 
結論として、産業革命の栄光からわずか一世紀余りで製造業をほぼ手放してしまったイギリスの歴史は、まだ製造業という基盤を残している日本にとって、「ものづくりを大事にし、持続可能な産業として維持していくことが必然である」という強いメッセージを突きつけていると、私は感じています。
 
ここまでの流れを、一度振り返ってみましょう。1851年の万国博覧会で展示品の半分以上を自国製品が占めていた「世界の工場」イギリスは、①他国の追い上げによる「1番乗りの呪い」、②「真の紳士はロンドンのシティにいる」というエリート層の価値観の変化、③サッチャー改革による国営産業の解体、④ビッグバンによる金融シフトという選択を重ねた結果、南北格差・2008年の金融危機・2020年のマスク不足という代償を払うことになったとされています。
 
もちろん、「製造業さえ維持すれば必ず成功する」というほど単純な話ではありません。ですが、金属を扱う仕事よりお金を右から左に動かす仕事の方が"格上"だと感じてしまい、地道にものを作り、価値を生み出す仕事を軽んじてしまった先に何が待っていたのか——この歴史は、私たちに一つの反面教師を示してくれていると言えるのではないでしょうか。
 
これは国の産業政策だけの話ではありません。あなた自身が今取り組んでいる、あるいはこれから取り組みたい仕事やスキルは、10年後、20年後も"手放さずに残しておきたい"と思えるものでしょうか。目先の効率や流行に流されず、地道な積み上げを大切にする視点を、ぜひ一度、自分自身の仕事に重ねて考えてみてほしいと思います。
 
 
 
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ここまで、イギリスの製造業衰退の歴史から、日本のものづくりが持続可能性を保つために大切にすべき視点についてお伝えしてきました。このテーマへの理解をさらに深めたい方に向けて、あわせて読んでいただきたい関連記事をご紹介します。
 
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次はどんなテーマの「問い」を、あなたと一緒に考えてみたいでしょうか。今後もこのnoteでは、私たちの暮らしや仕事の"持続可能性"について、一緒に考えていきたいと思います。
 

*動画解説は ⭐️

 
以上です。