2026/2/6

260206Zモニター-国債60年召還ルール

前回は、“
「守るべき規律は何か」
「変えるべき前提はどこか」
を、民主的に問い直すことが欠かせません。財政法4条をめぐる議論は、
単なる専門家の話ではありません。
それは、
あなたがどんな社会で生き、
どんな未来を次の世代に渡したいのか
という問いと直結しています。”と書きました。

法律は自然現象ではありません。
人が作り、人が解釈し、人が見直すものです。
特に財政のルールは、
国民の生活や将来世代の選択肢に直接影響します。ここで必要なのは、
無責任な楽観でも、恐怖に基づく思考停止でもありません。
前提を疑い、事実を見比べ、自分の頭で判断する力です。

 

「将来世代にツケを回す」は本当か?

─国債60年召還ルールが生んだ誤解—

 

1.導入:「国の借金が多すぎる」という不安は、どこから来たのか?

あなたは、ニュースや解説記事で「日本の国の借金は危険水域だ」「将来世代にツケを回している」という言葉を、何度も目にしてきたのではないでしょうか。そうした情報に触れるたび、どこか落ち着かない不安を感じながらも、「専門家が言っているのだから仕方がない」と受け止めてきたかもしれません。

しかし、本当にその不安は、事実そのものから生まれているのでしょうか。あるいは、長い時間をかけて繰り返し語られてきた“前提”や“思い込み”によって、そう感じさせられてきただけなのではないでしょうか。

本記事では、日本の財政不安論の中核に据えられてきた「国債60年召還ルール」に焦点を当てます。このルールは、いかにももっともらしく聞こえますが、実は現実の運用とかけ離れた制度的フィクションです。そしてこの仕組みこそが、日本の財政を必要以上に硬直させ、減税や成長投資を遠ざけてきた大きな要因でした。

あなたが感じてきた不安は、決して感覚的なものではありません。なぜそう感じるようになったのか、その構造を一つずつ整理することが、冷静な判断を取り戻す第一歩になります。ここから、その正体を丁寧にひもといていきます。

 

2.問題の説明:国債60年召還ルールとは何か?

─聞いたことはあるが、説明されない仕組み

「国債60年召還ルール」という言葉を、あなたはこれまでに詳しく説明されたことがあるでしょうか。多くの場合、このルールは前提として語られるだけで、その中身が丁寧に解説されることはほとんどありません

国債60年召還ルールとは、政府が発行した国債残高を60年かけてゼロにしていく、つまり毎年60分の1ずつ元本を償還していく、という建前の仕組みです。もともとは、耐用年数が50〜60年とされる建設国債に対応する考え方として導入されました。道路や橋など、長く使われるインフラを将来世代も利用する以上、その費用を時間をかけて負担する、という理屈自体は一見すると合理的に見えます。

しかし問題は、このルールが現在では赤字国債(特例国債)にも機械的に適用されている点にあります。社会保障費や景気対策など、インフラとは性質の異なる支出に対しても、同じ「60年で返す」という考え方が持ち込まれているのです。

さらに重要なのは、このルールが実際には守られていないという事実です。財政収支が赤字である以上、予算に計上されている債務償還費の原資は、税収では賄えません。そのため現実には、新たな国債を発行して古い国債を返す「借換債」によって処理されています。結果として、国債残高は減っていません。

それにもかかわらず、日本の予算では債務償還費が恒常的に歳出として計上され、「国債費が歳出の約4分の1を占めている」という印象が強調され続けてきました。この見せ方が、「財政はすでに限界」「これ以上の政策は無理だ」という空気を作り出してきたのです。

あなたが感じてきた財政への不安は、こうした説明されない制度と、印象操作に近い数字の積み重ねによって形づくられてきました。次の章では、このルールがなぜ現実とかけ離れているのかを、数値と事実に基づいてさらに掘り下げていきます。

 

3.問題の要因:実際には返していない──制度と現実の決定的なズレ

国債60年召還ルールの最大の問題は、制度として存在しているにもかかわらず、現実にはその通りに運用されていない点にあります。ここに、日本の財政議論が長年ねじれてきた根本原因があります。

日本の財政は慢性的な赤字構造にあります。その状況下で、毎年計上されている債務償還費を税収だけで賄うことは不可能です。では、実際に何が起きているのでしょうか。答えは明確で、新たに国債を発行し、古い国債を返す「借換債」によって処理されています。つまり、60年かけて着実に返済しているわけではなく、実質的には国債は借り換えられ続けているのです。

この点は、海外と比較するとよりはっきりします。たとえば米国では、国債は原則として永続的にロールオーバーされる金融資産と位置づけられており、通常時の予算に元本償還費は計上されません。国債は「必ず返し切らなければならない借金」ではなく、経済を循環させるための政策手段として扱われています。

一方、日本ではどうでしょうか。実態として返していないにもかかわらず、債務償還費だけは毎年きっちり歳出に載せ続けています。この結果、歳出側は膨らみ、歳入側は税収のみを基準に語られるため、財政が常に破綻寸前であるかのような図表が出来上がります。これがいわゆる「ワニの口」と呼ばれる構図です。

しかし、ここで冷静に考えてみてください。返していない支出を、あたかも確定した重荷のように扱うことは、果たして合理的でしょうか。債務償還費を除き、税外収入や特別会計の余剰を含めて全体を見直すと、財政の姿はまったく違って見えてきます。

国債60年召還ルールは、「返済しなければならない」という恐怖の前提を制度の形で固定化しました。その結果、減税や投資は「無責任」とされ、現実的な選択肢から外されてきたのです。次の章では、こうした構造が国民の意識にどのような影響を与えてきたのかを見ていきます。

 

4.国民の声:「将来世代の負担になる」という声は、なぜここまで強くなったのか?

国債の議論になると、必ずと言っていいほど聞かれるのが、「これ以上国債を増やせば、将来世代にツケを回すことになる」という意見です。あなたも一度は、そう考えたことがあるかもしれません。この考え方は、感情的な主張というよりも、長年かけて共有されてきた“常識”として社会に定着してきました。

なぜ、ここまで強固な認識が作られたのでしょうか。その背景には、国債60年召還ルールと債務償還費の存在があります。「国債は60年で返さなければならない」という前提があるからこそ、「今の支出は、将来の税金で返す借金だ」という物語が自然に成立してしまうのです。

この前提が繰り返し語られることで、国民の間には次第に自己抑制の意識が生まれました。減税は無責任、財政出動は放漫、成長投資よりも緊縮が正しい。そうした価値観が広がり、生活を良くする政策であっても「本当に大丈夫なのか」と疑う空気が形成されてきました。

しかし、ここで立ち止まって考える必要があります。将来世代にとって本当の負担とは何でしょうか。それは、帳簿上の国債残高でしょうか。それとも、必要な投資が行われず、経済が停滞し、働く場や選択肢が失われることなのでしょうか。

国債発行によって生まれた支出は、民間の所得や金融資産として蓄積されます。国全体で見れば、政府の負債と民間の資産は表裏一体の関係にあります。それにもかかわらず、「負債」だけが強調され続けた結果、将来世代を守るつもりで、将来世代の可能性を狭めるという矛盾が生まれてしまったのです。

あなたが感じてきた不安は、決して無知から生まれたものではありません。そう感じるように設計された制度と語りが、長い時間をかけて積み重ねられてきた結果です。次の章では、この恐怖の前提をどのように外し、現実に即した財政判断へと戻していくべきかを具体的に考えていきます。

 

5.解決策の提示:恐怖の正体を外す─国債60年召還ルールをどう考え直すべきか

ここまで見てきたように、日本の財政を縛ってきた最大の要因は、国債そのものではなく、「返さなければならない」という前提でした。であるならば、取るべき方向性は明確です。まず必要なのは、国債60年召還ルールという制度的フィクションを前提から外すことです。

このルールは、すでに現実の運用と一致していません。返していないにもかかわらず、返しているかのように扱い、その結果として債務償還費を恒常的に計上し続ける。この構造こそが、財政を不必要に重く見せてきました。実態に合わないルールは、修正されるべきです。

次に考えるべきは、債務償還費という項目の扱いです。借換債によって処理されている以上、それを通常の歳出と同列に並べることは、政策判断を誤らせます。少なくとも、他国と同様に、通常時の予算編成から切り離して考えるという選択肢は真剣に検討されるべきでしょう。

さらに重要なのは、財政判断の基準を「返済の恐怖」から「現実的な制約」へと戻すことです。政府支出の限界を決めるのは、帳簿上の数字ではありません。供給能力、労働力、技術、そしてインフレ管理です。これらを無視して緊縮だけを続ければ、経済の体力そのものが失われてしまいます。国債は、適切に使われれば、経済を支え、将来の成長基盤を整えるための政策ツールです。減税や投資を一律に否定するのではなく、どこに、どの規模で使うべきかを議論する段階へ進む必要があります。恐怖を前提にした財政運営から離れ、現実に即した判断を取り戻すこと。それが、あなたの生活を守り、将来世代の選択肢を広げるための、最も堅実なソリューションなのです。

 

6. まとめ:国債は“お化け”ではない──財政を縛っていた前提を手放すために

本記事では、日本の財政不安論の中心に置かれてきた国債60年召還ルールが、実態を伴わない制度的フィクションであり、その存在が長年にわたって政策判断と国民意識を縛ってきた構造を整理してきました。

重要なのは、国債が増えたから危険なのではないという点です。問題だったのは、「国債は必ず将来世代の税金で返さなければならない」という前提が疑われないまま使われ続けてきたことでした。その前提のもとで、債務償還費が恒常的に歳出に計上され、財政は常に限界だという印象だけが強調されてきたのです。

しかし現実には、国債は借換債によって処理され、残高は減っていません。にもかかわらず、返済しているかのような見せ方が続いた結果、減税や投資といった選択肢は「無責任」として排除されてきました。これは、冷静な判断ではなく、恐怖を前提にした思考の結果です。

あなたがこれまで感じてきた財政への不安は、決して間違いではありません。ただ、その不安は、現実そのものではなく、現実とかけ離れた制度と語りによって作られてきたものでした。前提を一つ外すだけで、財政の見え方は大きく変わります。

これから必要なのは、「返せるか、返せないか」という問いではありません。どのような支出が、今と将来の社会を豊かにするのかを考えることです。国債を“お化け”として恐れるのではなく、現実的な制約を見極めながら使いこなす。その視点を取り戻すことが、日本の財政議論を前に進める第一歩になります。

 

7.関連記事:日本の財政と「思い込み」を問い直すための関連記事

ここまで読み進めてきたあなたは、日本の財政が「事実」よりも「前提」や「語られ方」によって形づくられてきたことに、少なからず気づかれたのではないでしょうか。国債60年召還ルールは、その象徴的な例にすぎません。同じ構造は、財政法、増税論、社会保障議論など、さまざまな分野に広がっています。

本ブログでは、こうした疑われてこなかった前提を一つずつ整理し、構造として理解することを重視してきました。以下の記事では、本記事と同じ視点から、日本の財政や経済政策をより深く掘り下げています。

1)日本の公的債務:その実態と私たちへの影響⭐️

「国の借金=あなたの借金」という説明に違和感を持ったことがあるなら、
国債の仕組みや、公的債務の実態を整理した記事が役に立つでしょう。
数字の大きさではなく、構造から理解することで、
不安の正体が見えてきます。

2)財政健全化と経済成長の両立:可能性と課題⭐️

「財政健全化」と「経済成長」は本当に対立するのか
という疑問を持ったあなたには、
緊縮政策と景気の関係を検証した記事がおすすめです。
ここでは、国内外の事例をもとに、
単純な二項対立が成り立たない理由を解説しています。

3)「諸外国の財政政策から学ぶ:成功例と失敗例」(英文)⭐️

海外の事例から日本の進むべき道を考えるヒントを得られます。

これらをあわせて読むことで、今回のテーマは一過性の問題ではなく、日本の国家運営全体に関わる課題であることが、より立体的に見えてくるはずです。もしあなたが、「なぜこれほどまでに不安が強調されてきたのか」「本当に選択肢はなかったのか」と感じたなら、ぜひ関連記事にも目を通してみてください。前提を問い直す視点を積み重ねることが、恐怖ではなく判断に基づいた議論へ進むための、確かな足場になります。

 

以上です。